美しい日本の体操
アテネ五輪の感動を思い出した。有終の美を飾った富田の鉄棒の演技はいまも鮮やかな記憶となってよみがえる。北京五輪団体総合は二位に終わったが、これまでの厳しい道のりを思えば快挙である。富田率いる日本の体操は、若い世代へと引き継がれた。
男子個人総合の表彰式が終わって間もないのに、日本のメディアでは内村航平のニュースで湧いている。富田洋之の影は薄くなった。時代が変わったということだ。若い世代が育っているということは嬉しいことである。
南極海の孤島、英領サウスジョージア島。そこはキングペンギン200万匹と南極オットセイ400万匹の楽園だ。20世紀のはじめ毛皮を求めた乱獲のため、島のオットセイは50匹に激減した。それがいまや400万匹になり、島の氷が解ける夏の12月のビーチは、出産のためにもどったオットセイで埋め尽くされる。100年足らずのうちにどうしてここまで種が繁栄することになったのか。その生き残り戦略と人間の格差社会とのちがいはなにか?
オットセイの話にもどるが、ハーレムを作るためにオスたちはメスより先に上陸し、場所取りのために戦う。勝ち残ったオスたちは、出産にもっとも適した場所に陣取りメスたちがくるのを待つ。一匹のオスに対し20匹のメスが集まってハーレムが作られていく。サウスジョージア島のビーチはハーレムで埋め尽くされる。戦いに負けてハーレムを作れなかったオスたちはどこへ行ったのか?最初の頃は、あわよくばハーレムの座を奪おうと狙う負け組みが波打ち際にたむろするが、やがてその姿も消える。
種の保存法則にしたがって生きるオットセイが、ハーレムの主とではなく、ほかの強いオスと交わるのは当然のことで、それが50匹から400万匹に増える結果をもたらした生き残り戦略なのである。人間社会のような倫理、道徳、貞節、忠節などの美徳は無関係である。弱肉強食の格差社会で、強いものがメスを得て子を作り、生き残っていくのが進化の常道である。「Movable Type 4.15 Beta は Movable Type Open Source コミュニティにおけるパフォーマンス向上のアクティビティの成果が盛り込まれたリリースです。」という宣伝文句に気がついた。先週にリリースされたばかりだった。昨年にMT3のサポートは打ち切られていたが、馴れているMT3をほかのブログでも使い続けている。新規に購入するつもりはない。
企業の経営者の責任のひとつに「アカウンタビリティ」がある。日本語では「説明責任」と訳されている。政府にも国民に対するアカウンタビリティがある。しかし、その説明責任を果たしていないことが多くある。社会保険の問題も、暫定税率の問題もそうだが、数日前からメディアが騒いでいる「後期高齢者医療制度」もそのひとつである。
役所の担当者が「仕組みが複雑すぎて説明ができない」というくらいだから、一般のお年寄りに分かるはずもない。ということで、これはもう「説明責任」をお役所レベルでは果たせないということだ。
爆笑問題がホスト役の「私が総理だったら」というTV番組では、番組サイトに寄せられる国民の怒りの声を集計して毎回トップ5を発表しているが、昨夜のトップが、「道路特定財源をタクシ代に使用」でタクシー券に年間81億円が使われていることだった。第二位が「年金問題のW謝罪」で、福田首相、桝添大臣が「混乱を招いた。説明が十分でなかった。」と語っていることだ。
どうして前もって十分に説明しないのか?そのことに怒りもあるだろうが、一番の怒りは社会的に守られなければいけない高齢者、いわば弱者を鞭打つような医療制度をつくったのかということだろう。
「医療費削減」が旗印になり、それが目的化したのだと思う。病院が高齢者のサロンのようになったり、過剰な医療や薬剤投与があるから、国の診療報酬額が増大しているという指摘がある。過剰医療を抑制し、医療費を削減をしないと制度が破綻するという危機感があることも事実であろう。
しかし、医療制度改革の目的は、医療費削減ではない。政治家や官僚が考えるべき目的は、「お客様」である国民、高齢者の安心・安全の確保であるはずだ。そういう態度・姿勢で、民意を問い、誠意を持って最善の改革案を考え、説明責任が果たせるプロセスを踏んでいれば、今回のような国民の怒りと混乱を避けられたかもしれない。
75歳以上の人1300万人のうち、月1万5千円以上を受給している、832万人を対象に「年金から天引き」されるという。都道府県によって差はあるが、全国平均では約6000円が毎月天引きされるという。夫婦二人で月10万円に満たない年金生活者はたくさんいる。切り詰めた生活を余儀なくされている老夫婦にとって、月6000円の負担は大きい。
政府の役人は高給取りの身でありながら、二日に一回以上タクシー帰りで、年間500万円も使っている輩がいるから、国民も怒るのである。
NHKクローズアップ現代や民放の特集でも、「長寿医療」(ふざけた呼び方ではないか)問題を取り上げていたが、病院の医療現場でも苦渋の選択を迫られている。国の診療報酬の大幅削減の結果、病院側は外来医療費削減と療養病床(長期入院)の削減を迫られている。その結果、病院でしか介護できない人が入院できる病床が不足していくという事態に追い込まれているという。
医者たちは、「病院の経営上止むを得ないかもしれないが、経営と人の命を秤にかけることはできない」という。そのとおりだ。しかし、国と病院経営者は、「秤にかけろ!」といっているようなもので、秤にかけた結果、「「経営」が勝ってしまうのが現実に起こっているとすれば悲しいことだ。現代版姥捨て山である。
50年以上、家族のため、社会のため、国のために働いてきた夫が寝たきりになり、病院でないと介護できないというのに、その病院から追い出されることを嘆くおいた妻がテレビ番組の取材に答えてこういっていた。
「人生の最後くらいは、安心して横たわれるベッドが欲しい」
そういう厳しく悲しい現実が日本のあちこちに起こっているのかと思うと、世も末だと思うのは私だけだろうか。
格差社会が生む悲劇である。格差社会の先進国であるアメリカを四半世紀前から見てきたが、格差社会とは弱者切捨ての社会である。何度かブログにも書いたが、日本がアメリカのような弱肉強食の社会になっては国が立ち行かなくなる。アメリカの場合はそれでも成り立つのだ。そのことは改めて書こうと思う。
今朝、悲しく辛い知らせを受け取った。同期の友人が不慮の事故で亡くなった。このSNSのメンバーでもあり、ミクシーのメンバーでもあった。
友人は10年ほど前に大病を患い、そのときの薬害で聴力を失った。6年前に早期退職し、生まれ故郷に戻って、静かな安らぎの生活を送るようになった。時を同じくして私は日本に戻り、友人と同じように、私も田舎の生活がしたくて、早期退職をしようとしていた。
一年前に、彼が「人生の棚卸し」というメッセージをくれたのがきっかけで、私も人生の棚卸しに着手し、ブログも書いた。彼は、早期退職でそれまでの人間関係をほとんどすべて絶ち、実家に帰って母親と暮らすという生活環境の変化もあって、棚卸しができた・・・といっていた。私はまだ棚卸しさえできていない。
彼は、第二の人生の道を6年前に歩み始めた。聴覚障害を乗り越え、酒とタバコをたしなみ、パソコン好きでブログも定期的に書き、かつての駐在先であるドイツに一ヶ月滞在する旅にでかけるなどして、人生を楽しんでいた。
彼はこのSNSで書き込みをすることはなかったが、同期生たちに招待メールを送ったとき、その日のうちに参加した数少ない友人のひとりである。彼はブログとミクシーを楽しんでいた。私もときたま彼のブログを読むことを楽しみにしていた。私にも憶えのあるドイツ人との再会の話や、ドイツ滞在記、最近ではVistaパソコンを購入し移行に苦労した話など、関心ごとが共通することが多く、また彼の飾らない生き方に共感を覚えていた。
その彼が、いまはもう現実の世界にはいないのだと思うと、男泣きに涙が止まらなくなった。いい奴ほど先に旅立っていくんだ。その旅立ちに、別れを告げることはできない。
彼のブログは、「パソコンの移行完了!」で終わった。新しいパソコンで新たな発見を楽しみ、さぁこれからデジタルライフを楽しもうというときに、神は彼を旅立たせてしまった。聴覚障害を持つ人たちにとっては、パソコンとインターネットが大切な情報源である。ネットを通じて友人知人と親交を深め、新しい交友関係も生まれる。ネットなら、耳が聞こえなくても、常人と同じように会話ができる。彼にとっては生活の必需品であった。
もう彼がブログを書くことはない・・・と分かっていても、これまでと同じように一ヶ月、二ヶ月後に思い出したように彼のサイトを覗くと、また彼の想いを聞くことができると思ってしまう。リアルの世界だけでなく、仮想世界からも彼はいなくなってしまうのだ。彼の哀しさは言葉に表せない。
昨年8月31日、ダイアナ妃の十年目の命日に、彼はブログを書いた。そのなかで、彼は「この10年、私の人生も波乱万丈だった。」と回想している。そして、「これからどうなるのだろうか?今後の10年を私はどう生きていくのか、かなり大きなテーマである。いや、私に10年後があるのだろうか?」という文で結んでいる。
その7ヶ月後に旅立っていってしまった。
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貴君は多くの友人・知人の心の中に生きつづけています。パソコンの移行を完了して、さあこれから仲間と一緒にデジタルライフを楽しみましょう。我々と一緒に生きていくんです。だから、別れの言葉は無用です。インターネットの向こうでパソコンを楽しんでいる貴君の姿が目に浮かびます。
地球はたくさんの命で満ち溢れている。小さなバクテリアから巨大な生物まで、発見されたものだけでも約200万種類を超えている。なぜ地球だけがこんなにもたくさんの命に満たされた星なのだろうか。
地球が存在している太陽系は、何千億もの星がひしめく天の川銀河の端っこにある。そして、この天の川銀河は宇宙空間に何十億とある銀河の中のひとつに過ぎない。しかし、この広大な宇宙の中で、人間や動物など高度に進化した生命体が確認されているのは地球だけ。いったいなぜなのか?それは、地球が考えられないほどの奇跡と偶然の連続で誕生したからだといわれる。
・ティアとの衝突
46億年前は宇宙空間に漂うただの星屑だった。それが衝突と合体を繰り返して少しずつ大きくなって地球が生まれた。やがて双子の惑星ティアと衝突する歴史的瞬間を迎える。この衝突で地球はティアの一部を取り込み、大きくなって生き残った。大きな引力を獲得したことで、生命の誕生に欠かせない大気と海を留めておけるようになった。ティアと衝突するという偶然がなかったら地球上に生命は生まれてこなかった。
・太陽からの距離
絶妙な距離に位置しており、生命に欠かせない水が液体として存在する唯一の場所という奇跡的な偶然があった。火星にも水は存在するが、その表面温度はマイナス120度にもなる。2005年の火星探査機マーズ・エキスプレスが撮影した映像を見ると、クレーターの中の水は完全に凍っている。太陽に近い金星の表面温度は460度に達し、水はすべて蒸発してしまう。
地球はまさに奇跡的な場所に位置している。その位置が少しでもずれていたら生命を育んできた海は存在しなかった。海は、地球表面の4分の3を覆っている。すべての水を集めて球状にすると、その大きさは地球の直径の10分の1である。このわずかな水が地球の表面を覆い、青く輝く特別な星にしている。海は地球に生きるすべての命の故郷である。
地球は衝突を繰り返し、すべての物質は強力な引力で奥のほうへと閉じ込められていった。中心部の温度は4500度、太陽の表面と同じほどある。このとき水分も地球の奥深くにしまいこまれた。やがて冷えて固まった表面が割れて溶岩が噴出してくる。火山である。火山は。地球内部に閉じ込められた物質を放出する。このとき水も水蒸気となって噴出し、雲をつくり、地球の引力によって上空に引き止められた。そして、数千年も続く暴風雨の時代がはじまった。このときに生まれたのが、現在の海の半分ほど。
残りの半分は、彗星の衝突でつくられたという。これを実証するために、三年前に大規模な実験が行われた。テンプル彗星に衝突器をぶつけ、彗星の内部を観察する Deep Impact Programである。実験は成功し、2億5000万リットルの水分(氷)が放出され、彗星が氷の塊であることが確認された。
原始地球では、毎日何千もの彗星と衝突し、その彗星から残り半分の水が地球に持ち込まれたと考えられている。その後40億年間、海水の量はほぼかわらないまま、この地球上に存在し続けている。
そして。このかけがえのない海で最初の生命が生まれ、38億年という長いときをかけて進化してきた。現在は地球の歴史上最大の生命体が、体重30トン、体長15メートルのザトウクジラHumpback Whale である。
日本のバラを育成し、世界に紹介した人がいた。バラ園芸の勉強をしていくと必ず出会う「鈴木省三」(1913-2000)という人だ。生涯に108種の新種を創り出し、数々の国際コンクールで受賞した世界的に有名な人だと知った。紫雲、聖火、かがやき、芳純、乾杯、天の川・・・鈴木省三が作り出し命名した日本のバラだという。

バラといえば赤色だという先入観があるが、もちろんピンクや黄、白などもある。花フェスタ記念公園の資料では、平成16年3月31日現在、1603品種あるそうである。日本生まれのバラが178品種で、そのうち108種が鈴木省三が創ったというから、彼の果たした役割は群を抜いている。
数あるバラの品種のなかでも「光彩」というバラの美しさには目を瞠るものがある。オレンジ色のバラだが、滅多に見られない。Webで検索しても「オレンジ色のばら」は見つけられなかった。「光彩」だと書いてあるが、ブログによっては紅バラだと書いている。中心部分がわずかにオレンジに輝いているバラの写真もあったが、全体がオレンジに輝くバラはなかった。ほとんどが赤とか紅の色である。本物の「光彩」をみたい。

鈴木省三は、「光彩」を開発するために、70年代半ば頃2000万円の分光器を買って色彩の研究をしたそうである。13年尾歳月をかけて世界で始めて、オレンジ色のバラの栽培に成功したという。その「光彩」はアメリカでの国際コンクール(AARS)で優勝した。1988年のことである。ちなみにアメリカでは光彩ではなく「Mikado」と命名された。1940年以来、AARSで受賞した日本人は鈴木省三ただ一人だ。
もっとも日本の花はやっぱりサクラで、バラは西洋の花で、日本の家庭でもバラが栽培されるようになったのはこの数十年くらいの歴史しかない。薔薇の歴史によれば、ヨーロッパでバラの育種の歴史に大きく貢献したのがナポレオンの皇后ジェセフィーヌで、1829年のカタログには4000種を超える品種があったという。

何千種もあるバラの品種のなかで、青色だけは見たことがない。青色の元であるデルフィニジンという色素がバラにはないそうである。ところが昨年に開催された国立科学博物館・特別展「花 FLOWER〜太古の花から青いバラまで〜」で、青いバラが展示された。
日本人が好む花の色に青や紫があり、私も好きだ。アジサイ、ツユクサ、ハナショウブ、ヤグルマソウなどがある。科学的には、さまざまな色の中でもっとも複雑な仕組みで発現するのが青色だそうだ。青い色素はなく、アントシアニンという赤紫の色素が、淡黄色の成分や金属が複雑に作用して青色の花になるという。複雑な心情の日本人が好む暗黙の理由かもしれない。ともあれ、青い色の花の仕組みが解明されているのは、ツユクサとヤグルマギクだけだそうだ。この仕組みを解明したのは日本人で、花の色の研究は世界の中で日本が一歩リードしているということだ。
さきの特別展で紹介された青いバラは、バイオテクノロジーの成果である。サントリの研究所で、遺伝子組み換え技術を使い、14年の歳月を経て2004年に成功したという。販売は来年の予定だそうだ。
今朝は、職安の手続きをするために関内に行った。職探しという名目だが、サラリーマンに戻るつもりはない。ハローワーク(どうしてカタカナ英語なんでしょうね)の実態に関心があった。2.5x3センチの写真で、「上部の余白が少なすぎる」なんて馬鹿なことをいわないだろうな、あれが足りないこれがないとか重箱の隅を突っつかないだろうな・・・と思ったが、そういうことはなかった。来訪者も少なく、すぐ窓口で話ができた。休職手続きと保険給付手続きは20分くらいで終わったかな。思ったより早かった。
昨年に、ある銀行から電話がかかってきて、「振込み先の口座が間違っています。ついては口座に繰り戻しが必要で、印鑑と通帳と身分証明書を持参ください。手数料が840円かかります。」といった。しかも、その銀行の窓口まで出向かないといけなかった。面倒なことだった。一万円の振込みで、結局千数百円の手数料と貴重な時間を費やすことになった。アメリカだと電話一つで済む。ソーシャルセキュリティ番号や運転免許証番号、自宅住所、誕生日などを告げて身分証明をする必要があるが、それだけである。手数料も不要である。