大増税時代は近し、されど議論は進まず
「のれんに腕押し」とは、「どう持ちかけても手応えを感じず、張り合いのな
いこと」だが、この際は、両者共にその思いではないか。
さきごろ政府税制調査会が公表した個人所得課税に関する論点整理の報告書。今後、4、5年かけて所得税と個人住民税を抜本改革するための具体的方策を示したものだが、その先にあるのが増税、負担増であることは皆が知っている。
民の憎むもの、増税を行うとなれば、官民四つに組んでの議論となるはずの大問題だが、最初からどうもかみ合っていない。そんな感じがする。
のれんを「税制」に見立ててみれば、政府税調、納税者それぞれが、のれんの裏の相手を押しまくろうと手を伸ばしてみるものの、そこに相手はいなかった...、とでもいおうか(※)。
▼所得税・住民税は重税か否か?
初手からかみ合わない最大のポイントは、今、所得税・住民税は重いのかどうかという極めて根源の部分にある。例えば、今回の報告書の柱は、(1)サラリーマンの給与所得控除の見直し(2)退職所得課税の見直し(3)配偶者控除の根本的見直し(4)定率減税の廃止(5)国から地方へ、所得税から個人住民税への税源移譲、などにある。
定率減税の縮減に税源移譲は、既に方向性も改革の実態も進んでいるが、残りは少なくとも納税者には、「そこまでやるのか」というサプライズである。
サラリーマンの給与所得にかかる所得税は、給与収入から給与所得控除、社会保険料控除、基礎控除、配偶者控除、扶養控除などを差し引いて、残った所得に税率をかけて税額を算出する。
という構造で控除額を削れば、即座に増税となることは、容易に分かるはず。仮に夫婦(妻は専業主婦)と子供2人(1人は16歳以上23歳未満)で、年収700万円の場合なら、所得控除だけで190万円、そのほかも社会保険料控除が70万円、配偶者控除38万円、特定扶養控除63万円...など計437万円にも上るから、税額はわずか26万3000円ナリで済むこととなっている。
政府税調がこれら控除の見直しに入ったのは「行政の財源調達、所得再分配という所得税本来の機能を回復させるため」(大和総研制度調査部の斉藤純氏)ではあるが、要は所得税は下げすぎで、租税負担率は国際的に見ても低すぎると見ているわけだ。
政府税調の石弘光会長は、その著書の中でしばしば指摘してきた。「バブル崩壊後、長い間、景気対策は公共事業とあわせた減税一辺倒だった」「連年のように採用してきた制度減税は、税収を確保しにくくする『税の空洞化』を招いてきた」と。
景気対策としての減税の結果、円換算で見た標準世帯の課税最低限は、一時期423万円を超え、その後368万円まで下がったものの、約3割が所得税ゼロの無税層となっている。
▼税収不足の現状と、サラリーマン視点との乖離
合わせてみれば、一般会計の歳出を税収で賄える比率はわずかに50%しかなく、国民所得に占める租税負担率は先進国中最低水準の21.1%(2004年)である。 歳出の無駄遣いを無視することはもちろんできないものの、税だけを見れば、確かに今の状況は行き詰まっている。
ところが、これも納税者、とりわけ今回の報告書の対象となっているサラリーマン層の目に映る風景は全く異なっている。例えば、サラリーマンの経費としての給与所得控除は、実際に使うものよりも過大になりすぎているとして、実際の経費を反映する仕組みに変えるというのが、報告書で言う所得税改革の大きな狙い。見なし経費を実態に沿わせるというわけだ。そこには、「サラリーマンの確定申告を増やす狙いもありそう」(斉藤氏)ともいわれる。
しかし、給与所得控除が拡大してきた裏には、自営業者らの所得捕捉率が、サラリーマンに比べて低く、税額も大幅に小さくなる、いわゆるクロヨン問題があったのも事実。所得捕捉率が高く、従って税負担も重くなるサラリーマン層を慰撫する狙いがあったわけだし、この問題はまだ残っているというのがサラリーマン層の言い分である。
また言えば、税の負担に年金、保険など社会保障費と、将来つけが回って国民負担となる可能性のある財政赤字を含めた潜在国民負担率は既に米国を超え、2025年には現在を11~15ポイント上回る56~60%に達するとも見られている。
▼低金利は、形を変えた増税?
まだある。長期にわたる超低金利でマクロで見た時の家計部門の金利収益は1996年以来支払い超過を続けて、2003年度には、企業部門よりもマイナス幅が大きくなっていた。超低金利政策の狙いは景気てこ入れにもあるが、銀行などの救済策でもある。
金融システムの保全を国の役割とすれば、「家計にとってのこのマイナスは形を変えた国民負担、隠れた増税である」(大和総研のエコノミスト、鈴木準氏)とも言える。
給与所得控除にしても、これで最も恩恵を受けたのはサラリーマンではなく、会社の収益を赤字にし、経営者としての自身に給与を支払う形にしている個人企業だとの指摘もある。企業に利益を残して法人税を支払うより、企業は赤字で非課税とし、法人税より税率が低く、高い給与控除を利用できる所得税でのみ税金を支払うからだ。
のれんの右と左。それぞれに一理あり、それでいて正対しない国と納税者。税制改革の難しさはここにある。
(※)腕押しの本来の意味は腕相撲とも言われるが、ここでは単純な意味としてよ
く利用される「押す」を使った。
(田村 賢司)