Wealth and Poverty
ノーベル平和賞を受賞したマータイさんの言葉に感動したというブログを米国サイトに書いたが、このサイトでは彼女の活動を讃えるために授賞式で引用された詩"The woman is planting"を紹介した。重複するが、マータイさんが主張する中に、「商業主義が自然を破壊し人々の平和な生活を脅かし、一部の人間が私腹を肥やし、貧富の差が開く…」というのがある。
今日昔のファイルを整理していて左のスライドを見つけた。5年前のNew York Timesに掲載された記事から作ったスライドである。CEOの年間報酬と賃金労働者の平均年収の比率を比較している。1980年にその比率が42倍であったのが、10年後には85倍に開いた。そして、さらに10年後の2000年には531倍の差がでているという。CEOの平均年収は$20M(24億円)、賃金労働者の平均年収は$38K(約450万円)である。この数字を日本のみなさんはどう受けとめますか?アメリカの覇権主義、ネオ保守主義、石油利権を背景に強引に仕掛けたイラク戦争…。そしてエネルギ消費大国、環境汚染大国のアメリカが経済優先政策のために、京都議定書を反古にしようとしている。一昨日の報道では、全米青年将校会議所までもが京都議定書に反対する声明を出したという。なにかがおかしい。
そんなアメリカのやり方に追従するような日本の国策や経済競争だけを優先するような企業のあり方に大きな疑問を抱いてしかるべきである。生き馬の目を抜くような、他民族国家の弱肉強食の社会を見てきた筆者には、貧富の差が500倍も開くような社会が良いとは思わない。このままいくと日本はアメリカと同じように貧富の差が開いていくことだろう。生活レベルが他国に較べて均質な日本国民であるから、貧富の差が開く将来を考えると、9割以上の人が貧しくなり上位5〜10%の人が富を同船するような構造になっていかないとも限らない。本当の意味での民主化が市民運動のレベルから、まさしく草莽崛起が求められる時代ではないだろうか。
これまでの日本は、一億総中産階級という意識があると思うし、年間所得も数字だけをみれば先進国であり、不況といわれたバブル崩壊以後をみても、何が不況かが実感できない。すくなくとも首都圏に住む人たちを見る限り、みんな実に裕福である。生活インフラが整い、物質的にこれほど恵まれている民族はないのではないか?アメリカに貧困にあえぐ人がたくさんいる。各地を旅し、土地の人と話をし、その土地の生活に触れるとそれが実感できる。世界各地の紛争地区の難民やアフリカの子供たちを引き合いに出さずとも、アメリカに較べても総体的には日本は本当に豊かで恵まれていると思う。しかし、心が貧しくなったと思うことが多い。(つづく)
The Wealth and Poverty of Nations: Why Some Are So Rich and Some So Poor
著者のDavid S. Landesは、世界的に知られた歴史家であり、経済学者(ハーバード大学名誉教授)である。自然条件などの外的な要因の重要さとともに、変化・変革に対する人間の貪欲さ、ひたむきさが勝者と敗者を分けてきたという事実が、生き生きと描き出されている。21世紀に日本が勝ち残るためのヒントにあふれた新「国富論」でもある。
Favorites of Fortune: Technology, Growth, and Economic Development Since the Industrial Revolution
David S. LandesとHenry Rosovsky(ハーバード名誉教授)およびフランスの歴史学教授Patrice Higonnetの共著。日本では1万円と高価格。