トルネード経営
アメリカのMBAケーススタディのネタがいっぱい引用されている。経営者のベンチマークを検討する際の糸口を与えてくれます。ハイテク業界を中心としているので、他の業界では少し視点が違うかもしれませんが、成長の各局面でのとるべき戦略はまったく違う、環境の変化に応じて素早い戦略変更をしないと失速してしまうといったことを、いろんな事例を引用しながら例証し解説している。学ぶべきことが多くあります。経営幹部、経営コンサルタントの必読書ですね。
既存の大企業では、ベンチャー企業の成長戦略は参考にならないという人がいれば、それは大きな間違いでしょう。IBMやHPなどは、ベンチャー企業の戦略とその栄枯盛衰をCVCなどを通じて研究しています。ボーリングレーン戦略やトルネード戦略がいつ実行されているかをウォッチし、どのタイミングでM&Aなどの手法も梃子にして市場に参入すれば良いか虎視眈々として狙っています。そういう視点と発想が必要だということを、「トルネード経営」は教えてくれます。
一方、FRIの変革と自律化を目指した成長戦略を考えるときは、本書も多くの示唆を与えてくれますが、原点に戻って3Cや5つの力、7つのSといった古典的(?)な経営ボキャブラリも併用する必要があると思います。
ところで、原本"Inside The Tornado"は斜め読みしただけでよく覚えていませんでしたが、要旨を読ませていただいて記憶が戻ってきました。同じ著者G.A. Mooreの"Chasm"(経済産業省などでは「死の谷」と訳しています)やTom Petersの"Thriving on Chaos"を10年前に読み、米FNIの経営を担当したときに、マーケティング担当の幹部たちと「いま直面しているChasmを乗り越えるためには何をすべきか?・・・」などと議論するのに役立ちました。経営ボキャブラリのひとつとして、90年代半ばにアメリカでは根付いたと思います。
本書を読めばわかりますが、内容は80年代の米国ハイテク業界で起きた歴史的事実の調査・分析から帰納した結果で、細部は別として当時の状況を時間軸で巧みに捉え体系化しています。引用されているSunやOracle, Documentumなどの事例が、ちょうど私が滞米中に起き、日本に報告していたものとダブり懐かしく思いました。20年前から10年前くらいの期間に起きたことが題材の中心になっていますが、十数年前に米国で起きたことが今の日本で起きていることを考えると、先人の失敗例、成功例に学び、日本の経営戦略策定とその実践・評価に役立てる価値は大きいと考えます。日本のコンセンサス経営風土の中では、先ず経営幹部が「トルネード経営」にある知見を共有することでしょうね。
イーアクセスの千本さんは、さすがに米国事情とその経営手法に明るく、この本の内容だけでなく、その裏に隠れた背景や当事者にしかわからない事実などをよく理解されているのだと思います。日本での起業のネックのひとつはタイミングをはずさない資金の調達ですが、千本さんは大半の資金を欧米のVCから調達され、トルネード戦略をじつにタイミングよく実行してChasmを乗り越えられた。だからこそ創業からわずか3年でマザーズに上場できた。しかし、トルネードが終わったわけではなく電力系勢力(FRIもその戦略策定に関わっている)も加わった戦いとパラダイムシフトはこれから始まる。経営コンサルティングに携わるものにとっては、その経緯と行く末に関心を持ち、各社の戦略を研究・分析して知恵をストック化するいい機会である。