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フェルマーの最終定理

先日、講師を務めたある研修で、ピロソポス(知恵を愛する人)の話をした。古代ギリシャの数学者、哲学者えだるピュタゴラスが作った言葉である。知的業務に携わる人の基本的資質のひとつである。知恵を愛し、知的好奇心をもつことが新しい真理の発見や問題の認識、目標の設定への第一歩であろう。そして、問題解決の専門家は「たえまなく湧きあがる想像力とじっくり考えるしぶとさ」(ハワード・イーヴス)をそなえていなければならない。その究極のエキスパートが数学者である。

科学と数学は、真理を探求するという目的はおなじであるがその真理の証明の仕方に大きな違いがある。科学は、物理であれ化学であれ新しく発見した事実(証明されるまでは仮説)は実験により確かめられる。その実験のプロセスが正しく、結果が仮説を裏付けていれば新しい発見を(一時的に)証明したことになる。しかし数学での証明は、紙と鉛筆と純粋な論理により完璧になされなければならない。99.9999%確かであっても証明したことにならないのが数学である。

数学の定理やその証明はじつに美しい・・・。その美しい証明に人生の情熱と夢を賭ける数学者たちの物語「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著)を読んでいる。350年にわたってフェルマーの謎に挑戦してきた数学者たちのドラマである。その謎が1995年に完璧に証明された。まさに「世紀の証明」であった。そのドラマは1996年にイギリスBBCのドキュメンタリ番組「ホライズン」で放送され、その番組取材で得た資料をもとに書き下ろされた本が「Fermat's Last Theorem」(1997)である。日本語訳が2000年に出版され、日本でも大きな話題になったそうである。私は当時アメリカ在住だったため知らなかった。

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