邯鄲記の回文
邯鄲の夢は、唐の玄宗の時代に書かれた沈既済の小説「枕中記」の話だが、明の時代の「実録 邯鄲記」では、主人公の盧生は僻地に流されてしまう。彼の妻も
錦織りに落ちぶれる。夫を助けたい一心で妻は皇帝の目に触れるように詩(菩薩蛮)を錦に織り込んだ。それが回文になっている。
梅題遠色春帰得 明河望断啼情夕
遅郷瘴嶺過愁客 当官錦織催還急
孤影雁回斜 織室錦抛残
峯寒逼翠紗 窗紗翠逼寒
窗残抛錦室 峯斜回雁影
織急還催織 孤客愁過嶺
錦官当夕情 瘴郷遅得帰
啼断望河明 春色遠題梅
梅の花は春をもたらしてくれたが
あの人はいま追放された身となり さすらいの旅をしている
雁がさびしく徘徊しており 峯が寒々と翠の薄布に影を落としている
自分は錦織の部屋に囚われて 急げ急げと催促されている
今宵 錦織の部屋から思いを馳せて 河にあけぼのがたつまで泣き続ける
菩薩蛮は一韻が同じ文字数の偶数句で成り立っているために、対称性を生みやすいそうだ。
「双憶」という回文形式の詩が有名だ。旅先で残してきた妻子を想う詩が、逆さまにに読むと旅先の夫を想う妻の気持ちを歌った詩になる。
もっとすごいのは、列女伝・竇滔妻蘇氏に出てくる「迴文旋圖詩」にある「[王旋][王幾]図」(せんきず)だ。841字からなる回文で、縦横・斜め・四角・螺旋に回文がある。通説では、7958種の詩が読み取れるという。
※[王旋][王幾]とは、天体観測機のこと。せんきずは、天空に輝く星座にも、曼荼羅のようにも見える。
日本の古典回文
長き夜の なかきよの
とをの眠りの とをのねふりの
皆目覚め みなめさめ
浪乗り船の なみのりふねの
音のよき哉 おとのよきかな
江戸時代ではお正月に七福神の絵とともに配られていたもので、この詩を三回読んで絵を枕元に置いて寝るといい初夢が見れるといわれていた。