三回目の成人式を迎えて
私は今年、三回目の成人式を迎えます。「還暦」というより「三回目の成人式」のほうが今風で良いと思うので、同窓会などで挨拶に立たされたときはそういっている。また、心新たに第三の人生を歩み始める、青春時代を迎えるといった意味を込めてそういっている。ポール・エリュアール(Paul Eluard)の詩に、「年をとる、それはおのれの青春を歳月の中で組織することだ」という言葉がある。これを引用して、50台の自分を振り返って書いたブログがある。
「一体いつの頃から『人生の残り時間』を計算するようになってきたのだろうか。十代の頃、それは・・・」 続きはここ に書いている。それが団塊世代の先頭を無我夢中で走ってきた私の過去を物語っている。10年間の特徴をそれぞれ3〜4行で表現するのは難しいが、そのとき(確か50台半ばのとき)に書いた私の心境である。
私の人生観は、これまで大きく三回変わった。学生時代に心の挫折を経験したとき、30代にアメリカに赴任したとき、そして父がなくなった49歳のときである。とくに三回目のときは私に決定的な影響を与えた。ちょうど二回目の社長の重責を担い始め、訴訟対策は一段落ついたものの、苦渋のリストラと変革の決断をしなければならない時期と重なったこともある。同じ年に卒業後はじめて参加した同窓会であった恩師が、「それは人生観というより、生命観というものだ」と教えられ、自分なりの心の整理ができたものである。
それから10年、50台の初めに計画していたようには歩めなかった。人のため世の中のためという思いはあっても、自分や家族のことで頭が一杯で心の余裕があったとは言いがたい。57歳までは、7掛け人生(年齢に0.7を掛けたのが昔の人の実年齢に相当)で「俺はまだ30代なんだ!」と思っていたが、いまだに「四十にして惑わず」とはいかない。これからも煩悩に悩みながらも、心の余裕を持とうと努力し、時間を楽しみ、交友関係を大事にしながら、友人が語っているように私も妻と真剣にこれからの生き方を話し合い、新しい価値観を探す、人生という旅をしていきたいと思う。「美しい人生を生きた!」と思えるように。